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大阪地方裁判所 昭和37年(ワ)4098号 判決 1965年3月29日

原告 高木証券株式会社

右代表取締役 猪野重夫

右訴訟代理人弁護士 河本尚

被告 帯谷幸夫

右訴訟代理人弁護士 寺崎文二

主文

被告は原告会社に対し金一〇〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和三七年一〇月二一日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告会社のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その一を被告の負担とし、その余を原告会社の負担とする。

この判決第一項は仮に執行することができる。

事実

原告会社訴訟代理人は、被告は原告会社に対し金三、七〇五、四二八円及びこれに対する昭和三七年一〇月二一日より完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告の負担とする、との判決及び仮執行の宣言を求め、その原因として、

一、原告会社は大阪証券取引所の会員であるところ、昭和三五年五月二五日訴外村上元秀を外務員として雇入れ、被告は右訴外人のために、同訴外人が原告会社に勤務中に損害を与えたときは同訴外人と連帯してその賠償の責に任ずる旨の身元保証をした。

二、ところが、訴外村上は、

(一)  原告会社から別紙目録第一の銘柄、株数欄記載の株券を顧客に対し引渡を託されて預り保管中横領日欄記載の日時に擅に是を他に処分し、もって、原告会社に対し価格欄記載の価格合計金四、二六七、〇〇〇円相当の損害を与え、

(二)  原告会社に対し架空の顧客名義を用いて株式の売買委託をなし、原告会社がその委託にもとずいて別紙目録第二記載のごとく大阪証券取引所において売買をなし、合計金一九、二二六、〇五〇円を支払い銘柄、株数欄記載の株券を受取ったが、訴外村上がその代金を支払うことができなかったため、同訴外人の承諾を得て、右株券を入金欄の日附欄記載の日時にそれぞれ金額欄記載の価格合計金一八、二七三、四二二円で転売処分し、結局、原告会社はその差額金九五二、六二八円の損害を蒙るに至った。

このように、原告会社は訴外村上に対し損害額合計金五、二一九、六二八円の賠償債権を有するところ、訴外村上は同三七年六月一一日右損害賠償額を認め内金一、五一四、二〇〇円を支払った。けれども、残額金三、七〇五、四二八円の弁済をしないので、身元保証人たる被告に対し右残額とこれに対する本訴状副本送達の日の翌日たる同三七年一〇月二一日より完済に至るまで年六分の割合による損害金の支払を求めるため本訴に及んだ。

立証及び書証の認否≪省略≫

理由

大阪証券取引所の会員である原告会社が昭和三五年五月二五日訴外村上元秀を外務員として雇入れ、右同日被告が右訴外人のために原告会社との間に、同訴外人が原告会社に勤務中に損害を与えたときは同訴外人と連帯してその賠償の責に任ずる旨の身元保証契約を締結したことは当事者間に争いがなく、そして、≪証拠省略≫を綜合すると、訴外村上は原告会社に勤務中他人名義若くは架空の顧客名義を用いて訴外和田得証券株式会社、同岡三証券株式会社に対し株式の売買委託をなして多額の債務金を負担するに至ったので、それを補填する意図のもとに、

(一)  別紙目録第一の銘柄、株数欄記載の株券を顧客に引渡すべく原告会社から預り保管中横領欄記載の日時に擅に是を訴外和田得証券株式会社、同福井信彦等に交付して横領を遂げ、もって、原告会社に対し価格欄記載の価格合計金四、二六七、〇〇〇円相当の損害を与え、又、

(二)  原告会社に対し他人名義若くは架空の顧客名義を用いて自ら株式の売買委託をなし、その委託にもとずき、原告会社をして別紙目録第二の立替金欄記載のごとく大阪証券取引所において株式の売買をなさしめて合計金一九、二二六、〇五〇円を立替払せしめたが、その代金を支払うことができなかったため、右株式の転売を承諾し、その承諾にもとずいて原告会社をして入金欄記載のごとく株式を転売せしめ、その売得金を右立替金の弁済に充当したが、猶ほ、原告会社に対しその差額金九五二、六二八円の損害を与え、

たことが認められ、右認定を覆えすに足る証拠がない。従って、訴外村上は原告会社に対し合計金五、二一九、六二八円の損害賠償債務を負担しているところ、同訴外人がその後金一、五一四、二〇〇円を弁済したので、その残額が金三、七〇五、四二八円となったことは原告会社の自ら認めるところ、更に本訴係属中に原告会社と訴外村上(元被告)間に和解が成立し、右訴外人が原告会社に対し既に金七〇〇、〇〇〇円を弁済したことは当裁判所に顕著な事実であるから、原告会社の損害額が金三、〇〇五、四二八円に減じたこと明らかである。

そこで、被告の身元保証責任及び賠償額につき、被告主張の順序に従って検討してみることにする。

一、先ず、原告会社の身元保証に関する法律(以下単に法と略称する)第三条所定の通知義務違反の有無について看るのに、≪証拠省略≫を綜合すると、原告会社の従業員は自ら株式の思惑取引を為すことを禁じられているのに、訴外村上は本件損害賠償事故発生前の昭和三六年一二月末頃自ら株式の思惑取引をなして原告会社に対し約金四〇〇、〇〇〇円の損害を与えたが、原告会社と話合のうえ、右損害金を月賦弁済して右事件を解決したことが認められ、≪証拠判断省略≫外に右認定を覆えすに足る証拠がない。右認定の事故は法第三条第一号所定の「被用者に業務上不適任又は不誠実なる事実ありて之がため身元保証人の責任を惹起する虞ある」場合に該当するから、原告会社は遅滞なくその旨を被告に通知すべき義務があるのに、同会社がそれを通知した形蹟を認めるに足る証拠がないので、同会社は右の通知義務を怠ったものと看られる。この通知義務懈怠は被告の本件損害賠償責任及びその賠償額を定めるについて充分斟酌さるべき事情ではあるけれども、その懈怠に因り被告が法第四条にもとずく身元保証契約解除の機会を失うに至ったとしても、被告の保証責任そのものを免がれしめるものではない。従って、被告に保証責任なしとする被告の主張は採用できない。

二、次に、原告会社の監督責任について看るのに、被告の全立証に徴しても原告会社が訴外村上の思惑取引を知りながら、殊更にこれを放任していたものと認めるに足る証拠はないが、≪証拠省略≫を綜合すると、訴外村上の月収は固定給ではなく、専ら顧客から株式売買委託の註文を受けた出来高に応じて支払われる歩合給であるところ、同訴外人の月収は入社以来概ね金三〇、〇〇〇円乃至金四〇、〇〇〇円程度であったが、同三七年四月頃からそれが急増し、同年六月頃には約金六〇〇、〇〇〇円乃至金七〇〇、〇〇〇円に達したため、原告会社の重役も疑惑の念を抱き訴外村上に対し、危い商いをしないように幾度か注意を与えたことが認められ、右認定を覆えすに足る証拠がない。原告会社は右認定のように訴外村上の普通以上の出来高に疑惑の念を抱いたのであるから、単に同訴外人に注意を与えるだけでなく、進んでその出来高に危い商が含まれていないかどうか、又同訴外人が自ら思惑取引をしていないかどうか等を調査して厳重な監督を行うべきであるのに、同会社がそのような監督をしたと認めるに足る証拠がないので、原告会社の訴外村上に対する監督は怠慢の誹を免がれない。又、≪証拠省略≫に徴すると、原告会社が別紙目録第一記載のように訴外村上に対し同三七年六月一九日東洋リノリューム株式四、〇〇〇株を預け、未だその代金が納入されていないのに、翌二〇日キャノンカメラ外二銘柄の株式を預けたことが認められ、右認定に反する証拠がない。従って、原告会社の右事務処理にも通常の事務処理(外務員と顧客間の株券授受は代金と引換に行われるから、原告会社が顧客に引渡すべき株券を外務員に預けたときは、外務員は右の代金を遅くとも翌日に原告会社に入金する)と異なる取扱をした過失がある。そして、右の監督怠慢と事務処理上の過失が本件損害額を拡大したこと明らかであるから、右の事状も亦被告の賠償責任及び賠償額を定めるについて充分斟酌すべきものと看ることができる。

而して、≪証拠省略≫を綜合すると、被告は訴外村上と大学時代の学友であるため、同訴外人から請われるままに同訴外人が原告会社においてどのような職務に就くのかも知らずに身元保証人となったことが認められるから、この事実と先認定の原告会社の通知義務懈怠、監督怠慢、事務処理上の過失及び原告会社と訴外村上間に既に和解が成立していること並にその他一切の事情を斟酌して法第五条に則り被告の原告会社に対する賠償責任を減じ、賠償額を金一〇〇、〇〇〇円と認定する。

故に、被告は原告会社に対し金一〇〇、〇〇〇円とこれに対する本件記録に照らして本訴状送達の日の翌日たること明らかな昭和三七年一〇月二一日より完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払わなければならない。原告会社のその余の請求はこれを棄却する。

よって、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条、仮執行の宣言について同法第一九六条第一項を適用して主文のように判決する。

(裁判官 牧野進)

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